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瀬戸標 せとしるべ

VOL.220 2017年7月6日

私は香川が嫌いだった。もちろん楽しかったことも、誇れることもたくさんあった。でも、人と違うことに対するネガティブな空気に違和感がずっとあった。


「尾崎、そんなことする暇あったら勉強しろよ」

「バカなのに目立ちたがり屋」

先生や友達からそう言われることもしばしばあった。私は確かに学校の成績は悪かったけれど、誰もしていない新しいことをするのは好きだった。でも、そのことを認めてくれる人はごく少数だった。

高校では学ランを着て応援団に入部し、女性初の応援団長になった。生徒会長にも立候補し「マフラー使用禁止」という不思議な校則を変えたりもした。高校3年生の時、東京に各地から生徒会が集まるフォーラムに参加し、人と違う面白いことをしている同級生と出会い「この子たちと勝負してみたい」そう強く思った。大学は東京以外考えなかった。

大学時代は中国にある日系企業に一人でインターンに行ったり、社会人の男性硬式野球チームに入部したりもした。それらの活動が評価され、卒業時に総長奨励賞をいただいた。東京では人と違うこと、新しいことをするのは大きな価値があるのだと知り、就職も東京以外は考えなかった。

都内のコンサルティング会社に就職し、営業として二度表彰を受け、結婚を機に転職。子会社立ち上げに執行役員として関わることになった。そこでゼロからビジネスを生み出す面白さと大変さを知り、新規事業創出こそ私の最適な仕事だと思った。

東京に出てからは「絶対に成功して見返してやる」そんな器の小さい気持ちがあった。香川を出たかった18歳までの私、香川を見返したかった27歳までの私、仕事と家族を持ち香川に戻ることのない33歳の私。すると不思議なことに香川に感じていたコンプレックスがなくなった。むしろ、恋しく思い始めた。たぶん香川を嫌っていた時も、ずっと恋しさを感じていたのだと思う。その証拠に東京に出て16年、いまだに讃岐弁だ。私にとって香川はアイデンティティだ。反抗期に自分のどうしようもできない感情を「香川」にぶつけ、嫌いになった。でも、振り向くといつもそこにあって迎え入れてくれる。

もう香川で暮らすことはない今だからこそ香川への想いに気が付き、何かつながっていたくなった。だから、この原稿を書く機会をいただいことに感謝している。

株式会社 新閃力(しんせんりょく) 代表取締役 尾崎 えり子

丸亀市出身。丸亀高校卒業。NPO法人コヂカラ・ニッポン副代表。第二子育休を経て退職。2014年7月に「新閃力」を立ち上げる。働きたいママの選択肢を増やすため、千葉の流山を中心に民間学童のプロデュースや行政と一緒に女性向け創業スクールを開催。
https://trist-japan.com/

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瀬戸標とは

香川経済界のキーパーソンがあらゆる視点から産業や文化、「いま」と「未来」などを語ります。



讃岐を歩く

まんのう町帆山地区を歩く。夏の季語でもあるひまわりが、町を鮮やかに彩る。花言葉は「あなだたけを見つめる」。暑く感じるのは、君と目が合った僕だけかな。

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