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かがわのエンジン

VOL.223 2017年8月17日

VOL.221 2017年7月20日

VOL.219 2017年6月15日

古高松地区(高松市高松町)
にある「高松城趾」の石碑。

日本三大水城の一つに数えられる高松城は、玉藻城ともいい、天守閣は失われたものの、今も高松市のシンボルとなっています。これとは別に「高松城」と呼ばれた城が屋島の南にありました。

今から約680年前、後醍醐天皇による建武の新政で功をあげて讃岐守護となった舟木頼重(高松頼重)は、屋島南に築城します。この城は、元々はこの城の辺りが「高松」という地名だったところから、「高松城」と呼ばれていました。しかし、足利尊氏が後醍醐天皇に反旗を翻したことから、この城は築造まもなく尊氏の配下である細川定禅(じょうぜん)によって落城します。・・・[続きを読む]

VOL.217 2017年5月18日

多度津町にある
景山甚右衛門の胸像

この4月から「四国まんなか千年ものがたり」と銘打って、JR四国が多度津~大歩危間で観光列車の運行を始めました。香川県で最初に鉄道が敷かれたのは、今から128年前の明治22年(1889)、多度津を起点とする琴平~丸亀間です。多度津の景山甚右衛門ほか17名が讃岐鉄道株式会社を設立し、金毘羅参詣客をあてこんで建設したものです。わが国で初めて鉄道が開通してから17年後、全国では9番目、四国では松山の伊予鉄道に遅れること7カ月で2番目でした。

甚右衛門は、幕末の安政2年(1855)に、多度津の回船問屋大隈屋の5代目として生まれました。若い頃、・・・[続きを読む]

VOL.215 2017年4月20日

中野武営(出典:
国立国会図書館ウェブサイト
「近代日本人の肖像」)

高松藩は明治維新の際、鳥羽伏見の戦いで賊軍となったため、その出身者は長らく中央で活躍することができなかったという話をよく聞きます。実際明治以降終戦まで香川県出身の陸海軍大将は1人もいません。しかし、香川県人にも、明治から大正初期にかけて中央政財界で活躍した人物がいます。旧高松藩士の中野武営です。

武営は、嘉永元年(1848)に、高松藩勘定奉行の子として高松市旧西通町 に生まれ、藩校講道館で学びます。幕末、高松藩は親藩であることから佐幕派が有力なものの、水戸斉昭の影響を受けた尊王派もいました。血気盛んだった武営は、・・・[続きを読む]

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特選話とは

知られざる香川の歴史や文化などについて、思わず「へぇ~」と言ってしまうようなとっておきの話を村井眞明さんにご紹介していただきます。



讃岐を歩く

四国村を歩く。厳しい残暑のなか、400個あまりの風鈴が人々に涼を送る。蝉の大合唱を包み込むような、響き合う風鈴の音。立ち止まって耳を澄ますと、蝉と風鈴の対話が聴こえてくる。今年の夏は、まだ続きそうだ。

讃岐を歩くの一覧はこちら

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